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[ 76] 報道におけるタブー - Wikipedia
[引用サイト]  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A0%B1%E9%81%93%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E3%82%BF%E3%83%96%E3%83%BC

報道におけるタブー(ほうどうにおけるタブー)、この項では、主として日本国内でのある特定の事柄に対して報道を行うことを控えている事例について記述する。
日本では日本国憲法上、言論の自由・報道の自由が認められており、建前上タブーが存在しない。しかし、実際には諸事情により、マスメディアが特定の事件や現象について報道を控える話題・問題が存在する。このような話題・問題が存在する背景には、法的に報道が禁じられているわけではないが、読者や視聴者、企業や団体、他国から抗議・圧力を受けたり、訴訟を起こされたり、物理的ないし経済的な損失を被る危険がある話題についてマスメディアが触れることを避けるためである]。キー局や全国紙など広範囲に影響を与えるメディアほどその傾向が著しい。もちろんこうした姿勢に対する批判も存在する。
また、それを逆手に取って他社が報道しないことを報じていることを売り物にするマスメディアもある[1]。
報道関係者が「○○はタブーです」と公式に言う事はない、つまりそれは存在しない若しくは明確な基準がないので明記できない。
以下ではマスメディアが何らかの事情で報道を控える傾向のある事柄について類型ごとに概観する。あくまで傾向であり、タブーかどうかはわからない。
日本における報道のタブーについては各個人の思想などによって様々な主張がされており(特に右派左派、宗派などで)、統一されていない。タブーというものは明示されないものなので統一されないのは当然という見方もある。
日本の報道における最大のタブー。記者クラブとは、官公庁や業界団体などに設けられた特定の報道機関でのみ構成された日本独特の組織である。官公庁なども記者クラブのみを対象とした定例の記者会見を開くなど持ちつ持たれつの関係も見られる。記者クラブに非加盟の報道機関に対しては、取材活動が制限されることも多い。また、非加盟の報道機関が記者クラブに新たに加盟するには、記者クラブ加盟報道機関の同意が必要で、拒否されることも多い。海外の報道機関からは、日本の閉鎖性を象徴する制度として有名で、度々批判を受けるが、日本国内では、大手を中心にほとんどの報道機関がそれらを無視しているため、一般の国民の認知度は低い。記者クラブはその官公庁内に記者室とよばれる一角を占めることが許されている。記者室の賃借料は無く、光熱費も官公庁丸抱えであるが、「官公庁の無駄な出費」「税金の無駄遣い」と報道されることは全くない。
天皇、皇室に対する批判や悪意ある表現は社会的圧力や直接的な暴力によって制限されることがあり、それを恐れて自主規制される。靖国神社問題などでは批判的な意見もそれなりの分量で報道されるのに比べ、皇室に慶事などが起きると天皇制(象徴天皇制)支持一辺倒の報道になり、天皇制廃止論は事実上無視され、報道量に著しい不均衡が生じているのもこれらの自主規制が遠因になっているとする意見もある[2]。
天皇制に対して批判的な言論をした個人や新聞社等には極右団体・右翼団体が嫌がらせ・脅迫・暗殺・放火等の犯罪行為を行う事がある。
呼称に対するタブーとしては、アーレフを報道する際、「オウム真理教(アーレフに改称)」などと必ず旧名称「オウム真理教」を中心にして報道され(単に「オウム」とだけ省略されることもよくある)、「アーレフ」のみまたは「アーレフ(旧オウム真理教)」のように「アーレフ」を中心にして報道することがまずない現象が見られる。アーレフから分派したひかりの輪に対しても「オウム真理教上祐派」のように報道されることがある。
通常、ある団体の名称を旧名称を中心にして呼ぶのは不自然だが、アーレフの場合だけは特例といえる。この背景には、改名後、元から同じ名前で存在するオウム真理教とは無関係の企業・団体が風評被害を受けたことがあるといわれている。
報道内容に対するタブーとしては、“マスコミが視聴者・読者からアーレフを擁護していると非難されることを恐れるあまり、教団を排斥する運動や、別件や微罪による信者の逮捕を問題視して報道することすらタブーになっている”と森達也は指摘している[3]。
日本における多くのマスメディアが報道や出版において、宗教法人である創価学会に対する批判を控えることを指す。 鶴タブーという名称は創価学会がかつて講として属していた日蓮正宗の紋が鶴であることに由来している(日蓮正宗と関係を断った創価学会は1977年(昭和52年)以降、シンボルマークとして八葉蓮華を用いている)。鶴タブーという言葉は1970年代には既にマスコミ界、言論界で広く流れていたという[4] 。鶴タブーの背景にある理由は以下の通り。
創価学会、公明党およびそれに関する団体・信者からの抗議や訴訟などを懸念する。1970年代に創価学会批判本を出版した著者、出版社、取次店、書店などに様々な圧力がかけられた。これは「言論出版妨害事件」として社会の強い批判を浴び、池田大作名誉会長が公式に謝罪している。また、2000年代においても、創価学会を批判した『週刊新潮』などは、機関紙『聖教新聞』や関連企業である第三文明社等が出版する雑誌などで厳しく批判されたり、裁判で訴えられたりしている。
各種マスメディアにおいては、創価学会系企業が広告料を支払うスポンサーになっていたり、印刷所においては創価学会関連の仕事が大きなウェイトを占めているという経営状況から、経済的不利益を被りたくないと考え、批判的に取り上げにくいとされている。これらは顧客になることで批判を封じ込めるメディア戦略と見る向きもある[5][6]。また、芸能界やテレビ関係者に創価学会員が増えてきていることが鶴タブーを拡大再生産しているという指摘もある[7]。
公明党の政治的影響力を恐れているため。特に1999年10月に公明党が与党入りしてから、各誌における創価学会批判が激減したという指摘もある。[8]。
スポンサーからの広告収入によって事業が成立している民放では、広告媒体として視聴者のレスポンス、消費意欲を損ねうる番組内容は実現し難いのが通例である。2008年6月1日放送の『新ニッポン人』(テレビ東京)においても、司会者久米宏は、「民放というのは、物が売れない、人々が物を買わない、という番組は非常に難しいんですよね。よくこの番組できたと思います」と述べた。
桜は警察紋章(正確には「旭日章」)に由来する。権力機関である警察は市民生活にも密着し、またその保持する情報の質、量は他機関の比ではない(制服警官による戸別の「巡回連絡」が行なわれ、聴取内容がファイル「巡回連絡簿」にまとめられている事を見れば明白である)。いくつかの隠蔽し切れなくなった警察不祥事を含め、現在でも様々な“裏”がある可能性は、内部告発などに見るように否定しきれない。しかし、マスコミがこれを大々的に批判・追及すると、事件取材の際に取材拒否・記者クラブ出入り差し止めを受ける事などの不利益があることから、各社共にこうした問題には及び腰となっている。したがって、この種の取材は差し止めの影響を受けないフリーランスジャーナリストの独擅場となる。
この桜タブーを破った事例として、最近では『北海道新聞』(道新)が2004年1月より行った北海道県警裏金問題追及が挙げられる。2年間で1400件の記事が掲載された一連のキャンペーンで北海道警察(道警)は組織的な裏金作りを認め使途不明金約9億6千万円の返還に追い込まれた。また道新は日本ジャーナリスト会議大賞・日本新聞協会賞・菊池寛賞・新聞労連ジャーナリスト大賞等、各賞を受賞した。しかし、一連のキャンペーンは道警の報復を呼び取材活動で多くの支障が生じた。2006年1月の「道警の泳がせ捜査の失敗で道内に覚醒剤が流入」とした記事は、道警への直接取材ができない中、伝聞に基づくものであったため、2005年3月に「不適切な記事」として「おわび」の記事掲載を余儀なくされた(しかし記事の訂正には応じない姿勢を示したため、道警が記事の削除と結果説明を要求し対立が続いている)。
また、テレビ朝日の『ザ・スクープ』では、桶川ストーカー殺人事件の検証報道において埼玉県警察の怠慢捜査が殺人に至った最大の原因であると暴き、徹底追及した結果、ついに警察に非を認めさせることに成功。道新のケース同様数々の賞を受賞したが、この事が原因でテレビ朝日は同様の報道が妨害されるようになり[要出典](現在も同様の報道はしているが、反響が大きいと及び腰になるといわれる[要出典])、更にメインキャスターの鳥越俊太郎が『サンデー毎日』の記者時代にイエスの方舟事件で主宰の千石イエスを匿っていたという過去からか警察庁が総務省を介して番組打ち切りの圧力をかけるようになり、ついには製作元がこれに抗する事が出来ず、ローカル枠格下げを経て放送打ち切りに追いやられた。ただし現在は不定期スペシャルとして継続している。[要出典]
1933年〜1945年までドイツを支配したヒトラー率いるナチス(国家社会主義ドイツ労働者党)政権下で引き起こされたユダヤ人へのヘイトクライムにより、世界、特に欧米ではナチスやヒトラーを礼賛する事が徹底的にタブー視、特にドイツでは「扇動法」により禁止されている。ただし、日本ではこれは強くなかった、それは1980年代まではかなり無頓着にテレビでもヒトラー政権を評価するかのような内容の番組が放映されており、たとえば矢追潤一の「ナチスがUFOを作っていた」では、証言者にネオナチでホロコースト否定論者が登場したりしていたことに表れていた。戦う民主主義#ドイツにおける例、言論統制#実例も参照。
しかし現在では1995年に文藝春秋が発行した雑誌マルコポーロの特集記事で「ナチスガス室虐殺はでたらめ」と報道したことは、雑誌の廃刊と花田紀凱編集長の解雇という事態をもたらした。 ちなみに、現在でも国家社会主義日本労働者党という団体が存在している。
『ポチは見た』マスコミの嘘と裏(マスコミ批判サイト、中身は自称関係者によるフィクションだがタブーに関する参考記述多数)

 

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