囲碁とは?/ ディック
[ 88] 囲碁 - Wikipedia
[引用サイト] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%B2%E7%A2%81
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囲碁(いご)は、碁盤と呼ばれる盤上にそれぞれが一色を持って二色の碁石(石)を置いていき、自分の石で囲んだ領域の広さを争うゲーム。単に碁(ご)とも呼ぶ。 アブストラクトゲーム、ボードゲームの一種で、ゲーム理論の言葉で言えば二人零和確定完全情報ゲームである[1]。 非常に古くから東アジアを中心に親しまれてきた遊戯で、そうした文化・歴史のなかで爛柯(らんか)をはじめとした様々な別称を持つ(#囲碁の別称とその意味)。また、近年インターネットを経由して対戦するネット碁も盛んである。 板の上に、直交する縦横それぞれ同じ本数の直線を引いたもの。碁石を置くのは縦線と横線の交点である。一般に、縦横19本ずつの19路盤が使われる。初心者向け、お好み対局向けに13路盤や9路盤、7路盤や6路盤もあり、古来使用されたものには17路盤も存在した。線は最も外側にあるものから順に第2線・・・第5線あたりまでこのように呼ぶ。また第4線の交点や中間、碁盤の中心にある黒点を星と呼び、星のうち中央にあるものを特に天元という。 囲碁の目的は、できる限り大きな地(定義の詳細は、ルールの項参照)を確保することである。ゼロ和ゲームなので、上記の目的を自分は達成しやすく、相手には達成しにくいように、できるだけ効率良く石を配置することがゲームの戦略となる。 他のゲームと比較して、囲碁の著しい性質として指摘されるのが、ルールが単純で、石(将棋で言えば駒に相当)を置いて良い場所にきわめて制約が少ないことである。このことが、着手の選択肢に大きな幅を与え、戦略的には囲碁は他に類を見ない複雑なゲームとなっている。こうした事情から、チェスなどでコンピュータプログラムが世界チャンピオンを破り、将棋でもプロの実力に接近しつつあるのに対して、コンピュータ囲碁ソフトがいまだに(2007年現在)アマ中級程度という現状を生み出している。 またパスがルール上認められているのも特徴的である。二人で行うボードゲームでは、自分の手によって局面をこれ以上良くできない状況(戦略的飽和状況)等において、自分の手番でパスをする(なにも指さない)ことが有効となることがありえるが、将棋やチェスなど囲碁以外の多くのゲームではこのような場合であってもルール上パスができないため何らかの局面の打開を行うか、当面の状況を変えないような手待ちを行う必要がある。これに対して囲碁はパスが認められているため、パスをすることでこうした局面で最善の状態を保つことができるということは理論的には可能である。この場合、対局者双方がパスを繰り返してはゲームが進行しないため、両者のパスをもって対局の停止とすることがルール上定められている(対局者が合意した場合、対局はいつでも再開できる)。ただし、実際の囲碁の勝負において一方の対局者がパスによって有利となる状態はないと考えられるため、現実の勝負では対局者のパスの表明は単に対局の停止の申し出という意味でしかない。 戦争と囲碁には、著しい類似性が見られる。地を領土、石を兵力に例えると分かりやすい。のみならず、戦略の自由度などからも、現実のモデルとして利用されることもあり、古くから囲碁における格言などを現実世界の意思決定に応用するような書籍なども出版されている。また、駄目、布石、捨て石、定石など、数多くの囲碁用語は、日常用語としても使用される。 実際の起源ははっきりとは判っていない。 しかし、囲碁の起源は中国で占星術の一法が変化・洗練されて今の形となったと言われている。三国時代の孫策とその部下(一説に呂範)が打ったとされる棋譜が現在に残されている。日本に伝わったのは奈良時代。その頃から広く遊ばれ正倉院には碁盤と碁石が収められている。清少納言や紫式部も碁をよく打ったとされ、枕草子や源氏物語中にも囲碁と思われるものが登場する。 室町時代末期からは碁打ちが公家や武将に招かれるなどの専業化も進むとともに、それまでの事前置石制から自由布石への移行も起こった。戦国時代には戦国武将たちに大いに好まれ、織田信長に日海(本因坊算砂)が名人の称号を許されたと言われる。江戸時代には幕府から家禄を受ける家元制度が成立し、囲碁の技術が飛躍的に向上するとともに、将軍御目見えによる御城碁が行われたり、碁会所が生まれるなど庶民の娯楽としても定着した。 囲碁は日本のみならず韓国、北朝鮮、中華人民共和国、台湾などでも盛んに行われ、その他にも北アメリカ・南アメリカ、ヨーロッパなどでも競技人口が増え続けている。今日、囲碁は世界80ヶ国以上で打たれており、世界選手権も行われている。 自殺手(自ら取り囲まれた状態にする手)は禁止。ただしその石を打った時点で相手の石を取ることが出来る場合は例外。 (「直前」のみならず、対局中のすべての同一局面の再現の禁止はスーパーコウルールと呼ばれる。通常は用いられない。) 自分がそのまま打ち続けたら、相手の応対によらず、いずれは取り上げることができる石の一団は死んでいる。終局後に、死んでいる石はハマに加えられる。 2006年にルールが改変され、ダメ(打っても得をしない箇所)しか残っていなくても、全てダメを埋めないと終局する事ができない(インターネット対局は例外である)。それまでのルールとしては、これ以上打っても得はないと思えば、パスすることができ、両対局者が続けてパスをすると全てダメを埋めなくても終局となった。 地の面積とハマの数の和の大小によって勝敗を争う。形勢判断などでは、この和の数値のことを地というため、例えば、黒地○○目、白地○○目などというときは、この和のことを言う。 対局中に三劫以上の多元劫、長生、循環劫が発生し双方譲らず同型反復となった場合、対局は無勝負扱いとなる。 なお、中国ルールでは、ほとんどの場合、日本ルールと勝敗判定は変わらないが、イメージは異なる。中国ルールにおいては、ハマではなく、盤上に残った自分の石を地に加えて自分の点数とする。日本ルールの場合ハマと地では地が圧倒的に多いためイメージとしては大きな地を囲いあうゲームであるが、中国ルールでは盤上の石は地より多いため、イメージとしては相手より多くの石を置くゲームということができる。 通常、対局が始まるとしばらくは布石が行われる。大体の場合は碁盤の四隅に打つ事から始まる。なお初手を四隅に打つ場合は、慣例的に右上隅に打つ。 碁盤の隅から4・5あるいは5・4の位置の事。目外しと同じように使われるが、目外しより多少地に甘く(意識が低い)、中央重視の場合に打たれる。 碁盤の中心。中心に打つため四方全ての向きからのシチョウに有利とされるが、五の五・大高目とともに未だあまり研究が成されていない。五の五同様、打たれる頻度はかなり低い。 近年では隅の着点は小目と星が全体の8割以上を占め、これ以外の着点はやや特殊な打ち方とされる。これはその他の隅の占め方(打ち方)が、地に甘いとされているからであり、現代は実利が重視されているということを表しているともいえる。 二連星の間の辺の星をさらに占めた布石。基本的に実利にとらわれず、中央を目指す碁になる。一時期アマチュアに人気があった布石だが、最近は実利に甘く単調になりがちであるとしてプロはあまり用いない。武宮正樹九段が愛用する布石。 隅の星と内側向きの小目に、さらにその間にある星脇(右上を星、右下を小目とすると、辺の星の一つずつ右・下に位置するところ)(小目から見て五間ジマリ)に並べられた布石。打ち出したのは日本人だが、研究したたくさんの中国の若手が使い始めてこの名前がついた。お互いの応手により実利・厚みのどちらにも転換することが可能。ただし戦いになると一本調子になるところがある。故加藤正夫九段が愛用。 話し言葉の上では「たかいちゅうごくりゅう」と呼ばれ、書き言葉では普通「高中国流」。中国流との違いは辺の石が第三線ではなく、第四線にあることである。そのため実利より戦いを求める布石になる。地に甘いため2000年以降は打たれることが少なくなっている。 原型は本因坊道策の時代から打たれている。自分の小目の先にある相手の隅の星に小ゲイマガカリして受けさせた後、星脇にヒラく。1990年代から日本・中国・韓国で主に研究され、今も流行し続けている布石である。愛用するプロ棋士は多い。 中盤でもっとも重要な概念は、厚みと実利であろう。全局的に影響が及ぶような石の配置を厚みといい、それに対して、局所的に地になりそうなところを実際に地とみなしたときの利益を実利という。経営で言えば、厚みが長期、実利が短期である。このバランスが重要である。とりわけ厚みは、使い方、またその効果の評価が難しく、コンピュータ囲碁プログラムにとって最大の難関の一つである。 ヨセは双方共に死活の心配がなくなり、互いの地の境界線を確定させる段階を指す。互いの地に、およそ10目以上の差がつくヨセを大ヨセ、およそ10目以下を小ヨセと呼ぶ。 大まかに囲っている地域(これを模様という)と最終的な地との間には大きな違いがあり、ゲームの進行と共に、景色が大きく入れ替わる。相手が囲おうとしているところに石を突入させて(打ち込み)生きてしまえば、そこは自分の地となる。相手が地だと思って囲っている壁の一部を、国境を侵害するように切り取ってしまえば、地はそれだけ減ってしまう。逆に、相手が活きると思っている石を殺してしまえば、そこは自分の地となる。相手の地やハマと自分の地やハマを交換するフリカワリという戦略もある。戦争で条約締結まで領土が確定しないのと同様に、終局するまでは、地は確定しない。最終的に相手の石が生きることができず、かつ境界が破られないような領域が地となる。 一般に、両者が最善を尽くしている状況では、相手の石の活き難さ(地になりやすさ)と模様の広さ(大きな地になる可能性の大きさ)との間にはトレードオフの関係がある。相手の活きがほぼ見込めない領域のことを確定地と呼び、これを優先する考え方を実利重視という。これに対して、将来の利得を重視する考え方が、後述する厚みである。経営における短期と長期のバランスに似て、この実利と厚みの絶妙なバランスが囲碁の戦略できわめて困難なポイントである。とりわけ、厚みの形式的表現が極めて困難なことが、コンピュータ囲碁ソフトの最大の壁であるとも言われる。 基本的に序盤は隅から打ちすすめるのが効率が良いと言われる。これはある一定の地を得るために必要な石数が、中央より辺、辺より隅の方が少なくてすむためであり、その分効率が良いとされるためである。ただ、中央のほうが相手の石が活きにくいというメリットもあり、一概には言えない。近年のプロの対局では、第一手のほぼ全てが隅から始まっている。第一手を中央に打った対局も存在するが、たいていの場合、趣向と評される。 囲碁のルールは非常に単純であるがそこから派生するほぼ必然的な着手の仕方、つまり石の形を理解することである程度の棋力を得ることができる。 もっとも有名なものにシチョウがある。これは「シチョウ知らずば碁を打つな」といわれるほど有名かつ重要な石の形で対局中よく現れる。これ以外でも「空き三角は愚形」「二目の頭見ずハネよ」等格言になっている石の形は多く存在する。 碁を打つ上で重要な要素として厚みという考え方がある。言い換えれば勢力のようなもので、例として三間開きの真ん中に打ち込もうとする場合、ただの三間開きに打ち込むより開きを成す一方の石が2石の連続した形(中央方向に立っている)である場合のほうが、より打ち込みは無謀と感じるだろう。これは打ち込まれた石を勢力に追い詰めることで取ることができないにしても相当いじめられることが予想されるからである。これ以外にも有効に石を連続させておくことで大模様を形成できたり盤上で不意に発生したシチョウに対し、シチョウあたりの効果を発揮するなどあらゆる可能性をもっている。 対局中存在するこういった石の一団のなかでも特に働きのない石(それ自体で生きているわけでもなく相手の模様中に存在する)を俗に団子石と呼ぶ。 団子石は相手の地の中に放置して取り込まれる(モチコミ)のは大損なので当然連絡しなければならないが、この経過でも模様をあらされたり相手の模様の成長の手伝いになるなどかなりの負担を被る。 このため団子石の様な「弱い石」を作らないことである。 そのような故事由来の異称の代表である爛柯(らんか)は中国の神話・伝説を記した『述異記』の次のような話に由来する。晋の時代、木こりの王質が信安郡の石室山に入ったところ童子たちが碁を打っているのを見つけた。碁を眺めていた王質は童子から棗を貰い、飢えを感じることはなかった。しばらくして童子から言われて斧を見るとその柄(柯)が朽(爛)ちていることに気付いた。王質が山をおり村に帰ると知っている人は誰一人いなくなっていた。 この爛柯の故事は、囲碁に没入したときの時間感覚の喪失を斧の柄が腐るという非日常な事象で象徴的にあらわしている。また山中の童子などの神仙に通じる存在から、こうした時間を忘れての没入を神秘的なものとして捉えていることも窺うことができる。この例と同様に、碁を打つことを神秘的に捉えた異称として坐隠(ざいん)がある。これは碁にのめりこむ様を坐って隠者にも通じるとしたもので、手談(しゅだん)と同じく『世説新語』の「巧芸」に囲碁の別称として記されている。手談は字の通り、互いに碁を打つことを話をすることと結び付けたものである。 囲碁の用具に着目した異称として烏鷺(うろ)がある。碁石の黒白を烏と鷺に例えている。方円(ほうえん)は碁石と碁盤の形からつけられたもので、本来は天円地方で古代中国の世界観を示していた。のちに円形の碁石と正方形の碁盤から囲碁の別称となった。「烏鷺の争い」とも言う。 『太平広記』巻四十「巴功人」の話も別称の由来となっている。巴功に住むある男が橘の庭園を持っていたが、あるとき霜がおりた後で橘の実を収穫した。しかし3、4斗も入りそうな甕のように大きな実が二つ残り、それらを摘んで割ってみると中には老人が二人ずつ入っていた。この老人達は橘の実の中で碁を打っていた。この話から囲碁は橘中の楽(きっちゅうのらく、―たのしみ)とも呼ばれる。 そばで観戦している者の方が実際に対戦している者よりも八手先を見通す(八目得するほどの妙手を思いつく意とも)ことから、当事者よりも第三者の方がかえって物事の真実や得失がよくわかるたとえ。 棋力に優劣のある者どうしが対戦する場合、弱い方が先に一目を置くことから、相手を自分より優れていると見なして敬意を表すること。 終局後、計算しやすいように駄目に石を置いてふさぐこと。転じて、念を入れて確かめること。また、既に勝利を得るだけの点を取っていながら、更に追加点を入れることにもいう。 江戸時代末期、八百屋の長兵衛、通称八百長なる人物が、よく相撲の親方と碁を打ち、相手に勝てる腕前がありながら、常に一勝一敗になるように細工してご機嫌を取ったところから、相撲その他の競技において、あらかじめ対戦者と示し合わせておき、表面上真剣に勝負しているかのように見せかけることをいう。 対局の中で、不要になった石や助けることの難しい石をあえて相手に取らせること。転じて、一部分をあえて犠牲にすることで全体としての利益を得ること。 石の生き死にのこと。また、それを詰碁の問題にしたもの。転じて、商売などで、生きるか死ぬかという問題ごとにも用いられる。 アタリ - アメリカのゲーム会社。創業者が囲碁好きの為、囲碁用語から社名を取ったというエピソードは有名。詳細はアタリを参照。この後に子会社として「テンゲン」、創業者が次に作った会社に「センテ」(ノーラン・ブッシュネル参照)があった。 1988年より、市名が囲碁を想起させる青森県黒石市(白石黒石囲碁交流を促進する会)と宮城県白石市(白石黒石囲碁親交会)との間で親善囲碁将棋交流大会が毎年開催されている。 ^ 日本の公式戦で使用される囲碁のルールである「日本囲碁規約」の規定上は対局者が合意しないと、無限に続く可能性もあるため、有限なゲームとは分類されないが、事実上有限なゲームで、広くプレイされているゲームであるため、適切な停止条件を考慮したうえで、二人零和有限確定完全情報ゲームとして研究されている。 |
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